(ナレーション)老舗旅館の朝は早い。従業員全員が集まる朝の顔合わせが行われるためである。女将は板場と番頭にテキパキと指示を出した後、仲居さん達を集めて挨拶の練習を行う。今日も女将の後に続いて仲居さん達が声をあわせて復唱する声が従業員棟の広間に響く。
女将「いらっしゃいませ」
仲居「いらっしゃいませ」
女将「ありがとうございました」
仲居「ありがとうございました」
女将「お部屋に案内させていただきます」
仲居「お部屋に案内させていただきます」
女将「非常口はこちらになっております」
仲居「非常口はこちらになっております」
女将「お夕食をお持ちしました」
仲居「お夕食をお持ちしました」
女将「お客さん、ひとり旅でいらっしゃいますか?」
仲居「お客さん、ひとり旅でいらっしゃいますか?」
女将「ええ、その昔、平家の落ち武者がこの土地に身を隠したと言われています。」
仲居「ええ、その昔、平家の落ち武者がこの土地に身を隠したと言われています。」
女将「あのお屋敷ですか?昔はたくさんの人を雇っていたそうですが。」
仲居「あのお屋敷ですか?昔はたくさんの人を雇っていたそうですが。」
女将「ただ、先代が亡くなってからは相続争いが絶えませんで。」
仲居「ただ、先代が亡くなってからは相続争いが絶えませんで。」
女将「その、たった一人の娘さんも東京に行ったまま行方がしれないそうです。」
仲居「その、たった一人の娘さんも東京に行ったまま行方がしれないそうです。」
女将「確かにあのお屋敷に関しては変な噂が・・・いえ、今の話は聞かなかったことにしてくださいね。」
仲居「確かにあのお屋敷に関しては変な噂が・・・いえ、今の話は聞かなかったことにしてくださいね。」
女将「そういえば先週もお客さんと同じ事を聞きに来た人がいました。」
仲居「そういえば先週もお客さんと同じ事を聞きに来た人がいました。」
女将「背の高い男の人と黒メガネの二人組で、やっぱりあのお屋敷のことを聞かれました。」
仲居「背の高い男の人と黒メガネの二人組で、やっぱりあのお屋敷のことを聞かれました。」
女将「もしかしてお客さん、探偵さん?」
仲居「もしかしてお客さん、探偵さん?」
女将「へえ、大学で民俗学を研究していらっしゃるんですか。」
仲居「へえ、大学で民俗学を研究していらっしゃるんですか。」
女将「あーあ、あたしもこんな田舎じゃなくて東京のホテルで働きたいなー。」
仲居「あーあ、あたしもこんな田舎じゃなくて東京のホテルで働きたいなー。」
女将「いっけない。またどこで油を売っていたんだって叱られちゃう。」
仲居「いっけない。またどこで油を売っていたんだって叱られちゃう。」
女将「あたし幸恵って言います。何かこの土地で困ったことがあったらいつでも連絡してくださいね。」
仲居「あたし幸恵って言います。何かこの土地で困ったことがあったらいつでも連絡してくださいね。」
(ナレーション)・・・・老舗旅館の朝は早い。
(了)